〜「にゅーすがぁる」後編








「あの・・・真美さん、お姉さまがね、薔薇の館に来て欲しいって、言ってるんだけど」
 放課後の清掃を終えて、部室へ向かおうとした真美に、どこの当番だったのか、まだ箒をさげたままの祐巳があわてたように声をかけてきた。
「祥子さまが?」
「うん。なんかね、連れていらっしゃいって」
 そこまで言うと箒を置きにとって返した祐巳を、仕方なく真美は追いかけて、そのまま薔薇の館に向かう彼女の背について1階に下りた。
 夕方の青い影の中に入った薔薇の館は、それこそ花を落とした薔薇の木のように静かだ。慣れた様子でドアを開き中に招いて、2階につづく階段をのぼる祐巳の足音についていくと、ゆるい緊張が真美に流れ込んでくる。
 山百合会と新聞部は、微妙な関係にある。仲が悪い、ということではないが、リリアン高等部で芸能人のようにもてはやされる薔薇さま達は、当然「かわら版」のネタとしても人気があり、だから生徒たちの関心を先取りするように、口さがない記事を書かねばならない。それを快く思わない薔薇さまも居るということで、真美の知る限りでは山百合会でそのあたりにもっとも寛容でないのが現紅薔薇さま、小笠原祥子なのである。
 それがわざわざ真美を呼びつけるというのは。それに、真美は薔薇の館に来るのははじめてではないが、2階の会議室に入るのは、初体験なのだ。
「お姉さま、真美さんをお連れしました」
「入ってもらってちょうだい」
 いや、ほとんどの生徒にとってそうだろう。薔薇の舘の敷居は高い。真美はメモ帳を握る手に力をこめた。何か記事になることがあるかもしれない、チャンスだと思おう。足に力をこめてビスケット扉をくぐった。目の前の長い髪をたらした後姿はまぎれもなく紅薔薇さまだ。
「今日は他に誰も来ないから」
 振り返って真美に向かいの椅子をすすめ、机の上にひろげたプリントを片付けはじめた祥子は、真美の目を見ずにそう言った。小さく頭をさげた祐巳が、机の反対側、小さな流し台の方へ向かう。
 かちゃりかちゃりと祐巳の手元からティーカップの立てる音が聞こえる間、祥子は黙っている。正面の壁でつくつく針を回す時計を眺めていると、ついさっきまで真美の中で高揚していたものが、どんどん乾いていく。
(ひょっとして祐巳さん、落書きのことを祥子さまに・・・?)
 いや、そもそも山百合会は生徒会で、紅薔薇さまは生徒会長なのだ。校内でのトラブルならば、どんな小さなことでも知っていておかしくはなかった。
「部長になって早々、大変だったみたいね」
(やっぱり)
 真美は唇を噛んだ。片付けていた、と思っていたプリントにじっと目を落として、祥子は口元にかすかな笑みを浮かべている。
「大変、というほどのことはありません」
「そう?」
 祥子が首をかしげて真美を見たとき、その表情は穏やかなのに、なぜかその烈火のごとく怒っている表情が浮かんできた。実際に祥子が怒った姿など、真美は見たことがないのだが。
 何故だろう、と思うより早く、真美は『鉄人』さんの顔を思い出した。想像した祥子の怒りの表情と、その彼女の顔を並べてみると、少しだけ似ているような気もする。つまり紅薔薇さまも怒ればどことなく『鉄人28号』なのかもしれない。
(なんて、とてもじゃないけど言えるわけないけれど)
 真美は、少し落ち着いた。祐巳がお盆にカップをのせて戻ってくる。
「はい、真美さん。紅茶でよかった?」
「ありがとう、祐巳さん」
 置かれたカップをすぐに持ち上げ、真美は熱いのをこらえて一口、赤く透明な水面をすすった。音を立てずに祐巳が、真美の隣に座る。
「それで、何の用で私を呼んだんでしょうか」
「何の、ということはないわ。ただ・・・」
 祥子は自分の前に置かれたカップを取り上げ、立ちのぼる湯気に片頬をさらして、目を細めた。
「今回の件については、新聞部、というか私にも多少の責任はあります。山百合会がどこまでご存知なのかわかりませんが、もう一方の当事者のことを含め、不問ということにしていただけないでしょうか」
「んーんー」
 カップに口をつけたまま、祥子は何度か首を振った。
「そういうことじゃないの。仮に生徒同士で揉め事があったにせよ、山百合会がそのどちらかに罰を与えたりすることはないし、そんな権限もないわ。わかるでしょう」
「はい」
「それに、『もう一方の当事者』からはすでに山百合会にも話が来ているし、今さら事を蒸し返す気はないわ」
「じゃあ、いったい」
 真美は、昼休みに訪ねてきた少女小説同好会の生徒を思い出した。なかなか手際がいいものだ。
「ただ、あなたがね。ちょっとショックだったんじゃないかと思って」
 真美はちら、と横の祐巳を窺った。うつむき加減の祐巳は両手ではさんだティーカップの表面を見つめて、黙っている。
「いえ、ご心配には及びません」
「そう?なにしろ部長になっていきなりでしょう。はじめての仕事にケチがついて、嫌じゃなかったかしら?」
「新聞部になりたてというわけでもありませんし。これまでも部長・・・いや前部長になりかわって、ほとんど編集長みたいな立場でつくった『かわら版』も沢山あるんですよ、私」
「ふふふ」
 手のひらを重ねてテーブルにおいて、祥子が笑った。三奈子のことでも思い出しているのだろうか、祥子の美しい指先を見ながら真美は思った。
「そう、大丈夫なのね」
 祥子の不思議な目つきは、どこを見ているのか分からなくて、真美はかすかに苛立ちを覚える。たまに姉、三奈子に感じる類のそれに近い。
「そんなことを仰るために私を呼んだんですか」
 語気が強まったのは自覚していた。隣の祐巳がはっと顔を上げて真美を見た。祥子の目がわずかに細まる。
「ええ。そのとおりよ」
「ご心配はありがたいのですが。よくわかりません」
「そう?」
「何をお考えなのか。山百合会は、ことに祥子さまはあまり新聞部のことをよく思ってらっしゃらないんでは」
「だから、よ」
「え?」
 魔物のように祥子は笑みを浮かべている。真美は、追いかけていた獲物が目の前でいきなり怪物に転じたような心細さを覚えた。
「だから、呼んだのよ。恩を売りたくて」
「な、なにを・・・」
 絶句した真美と鏡のように同じ顔を、隣の祐巳がしている。この展開は彼女にとっても予想外だったらしい。
「お、お姉さま」
 切れ切れに呼びかけた妹を、祥子は見ようともしない。
「そうよ。せっかく部長も代わったことだし、いい機会だから、これから山百合会にとって損な記事を書かれないよう、取り入っておこう、そう考えたのよ」
「バカにしないでください!」
 叫んで立ち上がった後ろで、かかとで蹴られた椅子がバタンと倒れた。その音で、真美は自分の中に一瞬に浮かび上がった炎のような言葉を忘れた。いや、ネックレスの鎖のようにきらきら光り輝いていたものが、プリンターで印字されたただの黒い文字に落ち着いた、という方が正確かもしれない。
 それでも真美は、点々と残る熱を帯びた言葉を必死で探した。
「・・・痩せても枯れても『リリアンかわら版』は新聞です、私たち新聞部は、他の誰でもない、書いた自分たちだけが責任を負える記事を書くだけです。それだけです」
「そう?その割にはたまに小説まがいの記事をお書きになるようだけど」
「そ、それは」
 お姉さまの時代の話で、と言いかけて真美は口をつぐんだ。自分を見る祥子の瞳がふ、とゆるんだからだった。
「ええ。わかっているわ」
 立ったままの真美を見上げて、いらいらするほどゆっくり紅茶を飲み干した祥子が、音を立てずにカップを置いた。立ち上がる彼女の肩から黒髪が、柔らかい夕方の光を灯して流れ落ちていく。
「あ、お姉さま、お茶なら私が」
「いいのよ、祐巳。自分でやるわ」
 あわてて立ち上がった祐巳を声で押しとどめてから、流し台に歩き出した祥子が振り返って真美を見た。
「三奈子さん、気にしてらしたわよ」
「えっ・・・」
「もう用事は済んだわ。わざわざ呼びつけて、ごめんなさいね」
 それきり、祥子は振り返ろうとせず、横に並んだ祐巳に向かって小声で何かささやいている。祐巳の白いカラーの垂れた背中を、祥子が軽く、励ますように叩いた。祐巳の横顔が笑みをつくり、真美は目の前のカップに残った紅茶を一気に立ったまま飲み干す。
「失礼します、紅薔薇さま、祐巳さん」
 ビスケット扉の前で声をかけて、彼女たちの反応を待たず廊下に出る。
 階段を下りて、館の外に出た中庭には夕陽がさして、来たときよりも明るい。



 渡り廊下から入った校舎はひっそりと人影もまばらだ。体育館の向こうにたなびく枕みたいな雲は端を夕陽に焼かれて輪郭がおぼろだ。
 早足で踏みしめる木の床は暖かだ。ブラスバンドの練習の音が聞こえて、階段の手前では腕まくりをした男性教師と灰色の服のシスターが小声で話している。
 ジャージ姿の生徒が教室から出てくる。どこかで鼻歌のようなメロディー、あるいは校舎に吹き込む風の音かもしれない。
 ありきたりな放課後、昨日とも明日ともおそらく、それ程違っていないはずの日常の中に、真美はいるつもりだった。
(それなのに)
 どうしてこうも落ち着かないのだろうか。
 どんどん廊下を歩きながら、紅薔薇さまが真美を呼んだわけを考え、その台詞を反芻して、彼女に反発して叫んだ自分が、一枚一枚ひらひら落ち葉のように落ちてくるのを見つめ続ける。何もわかる気はしないし、建設的な解答を目指している気もしない。ただ、見つめている。
 クラブハウスの入り口手前、校舎との間のスペース、片側にツツジの植え込みのある駐車場くらいの広さの場所に、真美は上履きのまま出た。ここは、クラブハウスの中からは見えず、グラウンドに出る生徒も滅多に利用しないので、よく三奈子が、記事に行き詰ったときなどに出て、ふらふらしていた場所なのだ。
 グラウンドに向かって開いた校舎との隙間から、ボリュームたっぷりなオレンジ色の光があふれて、真美の立つ庭の中ほどまでを染め上げている。肩から下にかかった日の光から伝わる熱があたたかく、背中からのびる自分の青い影の長さを、真美は実感した。
 ポケットから、落書きされた「かわら版」を出して広げてみた。正面のまぶしい光をうけて赤いマジックで書かれた部分はほとんど見てとることができない。
『ケチをつけられたものね』
『嫌じゃなかったかしら?』
 由乃と祥子の言葉がよみがえる。
(結局、私はショックを受けていたってことなのかしらね。たったこれだけのことで)
 日を受けてグレーに透けて見える文字を眺めた。読まずとも暗記している、印刷に回す前に何度も何度も、いつもの倍以上時間をかけたのだから。
「真美」
 苔を踏む音がした。遠めから声をかけた三奈子が、真美に歩み寄ってくる。
「お姉さま、今日はまだ残ってらしたんですか」
「久しぶりに部室にね。あなたがなかなか来ないものだから」
 真美と肩をならべた三奈子が、ごく自然な動作で真美の手の「かわら版」をとりあげた。
「これが、例の?」
「ええ」
「まだちゃんと読んでなかったわ」
 紙をがさがささせる音がする。真美は、隣の姉の顔を見上げることができなくて、正面にまっすぐ伸びた校舎の、壁に落ちる銀杏の木の影ばかり見ていた。
「これが、部長山口真美の第一号なのね」
 ややあって、三奈子がぽつりと、独り言のような調子で言った。
「大して面白い記事じゃないでしょう」
「まあ、ね。でもいいんじゃないの、ネタがあんまりないときにこそどうやってマスを埋めるかを、ということだから」
「お姉さまみたいに小説でも書けと?」
「あ、ひどいわね。それはもう新聞部の闇に葬られた歴史にしてちょーだいよ」
 みんな覚えてますって、と真美が見上げると、三奈子ははははと頭をかいて笑った。
「お姉さま」三奈子に促され、夕陽が退いたばかりのあたたかな校舎に寄りかかって真美は言った。「祥子さまに何かお話しましたか?」
「ん?別に、大して。何かあった?」
「薔薇の館に呼ばれて、大目玉を」
「え、本当」
 がば、と隣の三奈子が身を起こして真美を覗き込む。真美は笑い出した。
「真美。だましたわね」
 わざと涼しい顔で目をそらし、真美は三奈子から返された「かわら版」を開いた。
「まあ、結果的に、紅薔薇さまには借りができたのかな、っていうところで」
「祥子さんに借り?」
「お節介です、ってつき返そうと思ったんですけど。お姉さまのせいで、返しきらなかったじゃないですか」
「私のせい?なの?」
「ええ」
 あたりを風が過ぎた。夕方の光が急に遠のいた気がした。手元の「かわら版」をもう一度、丁寧に角をそろえて畳んでいると、頭ひとつ背の高い三奈子が、真美の額に自分のそれをひっつけるように覗きこんでいる。
「なに。『ロボット』って呼ばれたのがそんなに堪えた?」
「いえ、そんなことは」
「でも、嫌だったんでしょう?なんとなく」
 なんとなく嫌だった、それが近いのかもしれない。真美は思った。淡々と、足取りも変えずに三奈子からバトンを受け取り、何気ないふうに走り出したつもりでいたのに、自分の中で勝手に盛り上がって、満を持して、周到に失敗しないように、いつの間にかリレーではなくただ一人のスタートみたいに思っていたところがあったのかもしれない。だから、落書きされた「かわら版」と、「ロボットみたい」な自分のイメージが、少しでもたとえ短い間でも、生徒たちの間に残るのが我慢できなかった。取り返しのつかない失敗みたいに感じて、真美自身にも気づかれないように、こっそり落ち込んで暗がりに逃げ込もうとしていた弱々しい生き物がいたのだ。心のずっと奥に、それは真美と同じ顔をしている。
(まったく、何をやっていたんだろう)
 今はその生き物も、おずおずと並んで真美と一緒に夕陽を見ている。スタートの失敗を取り返せないなんてよっぽどの短距離走だし、ましてこれはリレー、それにこの先一年は真美は走り続けなくてはいけないのだ。
(そう、先は長いんだわ)
 よし、と顔を上げた真美の前髪を、三奈子がいきなり指でつまみあげた。三つはめたヘアピンの真ん中をつまんでぐりぐりする。
「・・・何してるんですか、お姉さま」
「起動スイッチ〜、動け、真美ロボ♪」
「やめてください」
 顔を振った勢いで、三奈子の握っていたヘアピンがすぽ、と抜ける。
「あ、もうー」
「あら。これは・・・」
「あ、いや、何するんです」
 立て続けに、三奈子の指がひょいひょいと真美のヘアピンを抜いてしまった。
「へえ。考えてみれば前髪をおろしたあなたを見たことがなかったかも。これはこれで新鮮だわ、真美」
「そ、そうですか・・・?」
 あまりにまじまじと見る姉の目に、真美が自分の頬が紅潮するのを感じる。誤魔化そうと思って、視線をあちこちさまよわせる。
「そういうのなら、私もお姉さまのその髪、おろしてるのほとんど見たことありませんけれど」
 三奈子は長い髪を頭の高いところで縛って垂らしているのだ。
「え、そう?家じゃいつも下ろしてるし、休みの日も・・・。じゃあ、はい」
 いきなり腰をかがめた三奈子が、上目遣いに真美に首を突き出したてくる。
「どうしろと」
「部長就任のお祝いに、特別に前部長の髪を解く栄誉を授けるわ」
「な、なんですかそれ。お相撲さんじゃあるまいし」
「うまいこと言うわね」
「だいたい、どうしてそれで私が喜ばなきゃいけないんですか」
「いいじゃない、はやくはやく」
 にっこりしてみせた三奈子に、真美は文句を続ける気を失う。こういうのって後ろからの方がやりやすいんじゃなかろうか、と思ったもののそのまま、そろそろと三奈子の首に手をまわして、髪の結び目に手をかけた、その時。
 背後の廊下の方で人の話し声がして、足音が入り乱れた。
(あ、まずい)
 思わず引こうとした腕を、下から三奈子の手ががっちりつかむ。
「いいところなのにぃ」
 完全にふざけた口調の姉に、真美は焦った。
「そうじゃなくって、人が来るんです!」
「へ?」
 振り返った二人の視線の先で、クラブハウスの入り口から、日出美と『鉄人』さんが何か笑いあいながら出てくる。少し遅れて二人現れたのは、カメラをさげた武嶋蔦子、写真部のエース。
 渡り廊下に出たところですぐに三奈子と真美に気づいた三人は、ぴたりと足をとめて呆気に取られたようにそっくりな表情をしている。
「あ、いや、これは違うのよ」
 遅ればせながら、真美にも彼女たちに自分たちがどんなふうに見えるか理解できていた。かがんだ三奈子の首に真美が手をまわして、二人は密着しているのだから。
(ど、どうしようどうしようどうしようーーー?)
 頭の中が汗だくになって、身動きもとれなくなった真美の前で、同じく彼女たちに顔を向けた姿勢の三奈子は、案外落ち着いた顔をしているのだった。
 しばらく沈黙がつづいたあとで、ゆっくりと庭先に出てきた蔦子が人差し指をたてて、言った。
「・・・あの、一枚、いいかな?」



『鉄人』さんの名前は木戸奈央子というらしい。一度目の訪問と同じようにいきなり、ただし今度は笑顔で新聞部に現れた彼女は、前回同様留守だった真美に代わって出た日出美に対し、落書きの件について丁寧に謝罪したということ。これに対し日出美も『鉄人』呼ばわりしたことをわびて、なんだかいきなり友達のような、いい雰囲気が放課後の部室に充満したということだ。
 後日、三度木戸奈央子は新聞部の部室を訪れる。先日クラブハウス前で蔦子の撮った三奈子と真美の写真をどうしても欲しい、という彼女の申し入れに、一度目の彼女の来訪のときより遥かに、真美は対応に苦慮したのだった。
 蔦子に頼み込んで、写真の公表は思いとどまってもらったものの、ネガごと処分しようか、という彼女の申し出には三奈子が反対したのである。
「いいじゃない、よく撮れてるじゃないの。私、これ一枚欲しいな」
 かくして、真美と三奈子の手帳にはおそろいの写真が挟み込まれることになったのだ。
 後日、真美の写真を眺めるだけで満足して帰った奈央子の、少女小説同好会の久しぶりに出した会誌、その中に掲載された彼女の作品を読んで真美は「やられた」と思ったのだった。そこに記された女生徒同士の、ちょっとばかり甘酸っぱい物語のラストの場面は、どう考えても三奈子と真美の例の写真を下敷きに考えられたもの。ノリに乗って縦横に書かれた奈央子の文章を真美は、ちょっと悔しくも「上手いな」と思ってしまったのだった。
 それをきっかけに少女小説同好会は会員を増やすのに成功した、という話を真美が聞いたのは年が明けた一月、三学期に入ってすぐのことである。



   ***



『ねえ、聞いてよ〜、ほんと参っちゃうわ』
「はいはい、聞いてますよ」
 落書きの事件から二週間ほど後の夜。自分の部屋で来週に出す予定の「かわら版」をチェックしていた真美に、母親が持ってきたのは湯気をたてるミルクティーのカップと、「お姉さまから」と保留ボタンの押された電話の子機だった。
『次の日曜もその次の日曜もさらに次の日曜も模試なのよー、あ〜遊びに行きたい行きたい』
 いきなり挨拶もなく『黙って、聞いてくれてるだけでいいから』と告げた後で、三奈子は延々と愚痴を続けている。真美はたまに相槌を打つばかり。
 ミルクティーを一口飲んで、一つ漢字の間違いを見つける。今回の「かわら版」は先日の体育祭の特集だ。写真のレイアウトについてもっといい位置はないか、真美は思案する。
『あーちょっと高望みしすぎたかなあ。今から志望変えようかしら』
「どうでしょう、それは」
『わかってるのよ、頑張るしかないって、今から音を上げてても仕方ないって』
「ええ」
『あーもう、せめてこれまで書いた私の新聞を点数に加算してくれないかなあ』
「無理でしょうねえ」
『無理よねえ』
「ええ」
 そこで三奈子がちょっと黙り、おや、と真美は電話の方にちょっと注意をむけた。
「どうかしましたか、お姉さま」
『そうよね、真美も忙しいのよね、今ちょうど体育祭の記事あたりかしら』
「はい」
『ごめんなさいね』
「いいえ」
『本当よ。いつも話を聞いてくれて』
「聞くだけなら」
『それでいいの、あなたは優しいわ。ロボットだなんて、とんでもない』
「そ・・・」
 二口めをカップに口付けて、真美は、不覚にもあふれてきた涙を、そのままにしておいたのだった。どうせお姉さまには、見えやしないのだし、流れるにまかせよう。「かわら版」を汚さないよう、それだけを注意して。
『真美?』
「なんです、お姉さま」
『ううん、長々とごめんなさいね。明日は部室に行くわ』
「はい」
『それじゃ、おやすみなさい、真美』
「おやすみなさい、お姉さま」









<了> 




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