にゅーすがぁる 「お断りします」 放課後の新聞部部室の空気が一気に緊張する。真美の席を取り囲むように立っていた数人の三年生たちは、この一言に怯んだように顔を見合わせ、すぐに弱気をさとられまいとするかと胸を張った。 「どうしても、ダメかしら?」 「ダメです」 「そこをなんとか」 「ダメです。『リリアンかわら版』をそんな目的のために使うことはできません」 ホームルームが長引いたので真美が遅れてやってきたときには、招かれざる客人たちはすでに部室に詰め掛けていて、一年生部員の高知日出美が相手をしていた様子だったのだ。真美が入っていくと、編集作業どころでなく固唾をのんでいた部員たちを含め、全員の視線が向かってきた。含まれているのは安堵と期待と――あたらしい獲物に向ける攻略への志望、だろうか。 けれども、準備もせず山登りをしようとするように、三年生たちの主張がただ無謀なだけの挑戦であることはすぐに知れた。真美が彼女らをきっぱり拒絶するまで、開け放した部室のドアをくぐってから数分も経過したかどうか。 「なによ、そんなに肩肘張らなくてもいいじゃない。学校新聞なんだから、助け合いと思って」 「そういうわけにはいきません」 「こちらはネタを提供してあげようと言ってるのよ」 「別に困っていませんし、ネタくらい自分で探しますから」 三年生の一人――さっきからこの生徒しか発言しておらず、つまりは残りは先頭を押し出すだけのつっかえ棒なのだが――、一番背の高い彼女の頬は上気して顎が戦艦の艦首みたいに真美を威嚇している。見ていてふと、その顔つきが誰かに似ているなあ・・・と真美は思った。あるいは何か、かもしれない。けっこう有名なものだった気がするのだが、喉元まで来て出てこない。 「ちょっと、聞いてるの、上級生の言うことなんだから」 「年功序列には反対します」 呆れたのか怒ったのか、くわ、と三年生は両手を振り上げた。そのポーズがまた真美に何かを思い出させる。怒って寄った目と鼻の様子、瓜二つなわけではない、似ているのはきっと、雰囲気だ。父の持っていた本だったか、親戚と見たテレビだったか・・・おそらく男性の領域に属するものだ。あまり真美に縁のあるものではない気がする。 「もー、頭が固いわねえ!」 「よく言われます」 「あなたのお姉さまの顔が見たいわ」 「築山三奈子です。もちろんご存知でしょう?・・・ところで」 「何よ!」 「誰かに似てるって言われたことありませんか?」 (おっと、思わず言っちゃったよ) 自分では落ち着いていたつもりでも、つられてイライラしていたところがあったのかもしれない。・・・頭の中で深呼吸して、光がなだれ込むように、真美はひらめいた。 「わかった、鉄腕アトムだ!」 指までさしてしまった真美の隣で、それまで黙っていた日出美が「いいえ、部長」とゆっくり首を振った。 「鉄人28号です!」 「あ、そうか、それだわ」 真美がぽんと手を叩いて、間を置いて部員の間からちらほら、背の高い彼女の後ろにいる三年生の中からも、「ぷっ」と吹きだす声が漏れた。 「え?てつ・・・なによ、それ」 言われた本人は『鉄人28号』を知らないらしい。その背中に、笑いをこらえているふうの仲間の一人が近づいて、「戻りましょう、あとで教えてあげるから」と言う。 「とにかく!私はあきらめませんからね!」 足音高く部室を出て行く一行ドア近くで見送って、真美はまだ緊張した面持ちの部員たちを振り返った。 「塩でもあればいいんだけどね」 皆一様にほっとした笑いを浮かべた中で、日出美が口を押さえている。 「余計な一言でしたか」 「なにが?」 「パンチだ、鉄人」 そう言って拳を丸める仕草をする彼女を見て、なんだか気が合うかもしれない、真美はそう思った。 そんなやりとりのあった翌日。 「真美さま!大変です!」 朝、登校したばかりの真美を昇降口で待ち構えていた部員の一人、青い顔の彼女に腕をとられて連れられて行った職員室近くの掲示板の前には、すでに日出美や他の部員たち、一般生徒もちらほら集まって人垣が出来上がっていた。 「どうしたの」 そこで初めて問いを口にできた真美に、部員たちが全員で掲示板に目を向けた。 「あら」 我ながらマヌケな声が出てしまう。 そこに貼られているのは9月二週目の『かわら版』、昨日の放課後、例の騒ぎの後で真美自らが貼って帰ったものだ。基本的にはこの「かわら版」、部員が直接配布したり、教室の後ろに積んだりして生徒の手に渡るようにするのだが、校内で一箇所、連絡掲示板の下の方に張り出すことが許可されている。 年に一度か二度、習慣的に組むリリアンの沿革と歴史、という地味な記事はほとんど真美が一人で書いたものだ。記事の最後に署名した「山口真美」の小さな文字の上に、赤いマジックペンで書かれたとおぼしき乱暴な文字が躍っていた。 『石頭、ロボット部長』 「あの、すみません、真美さま」 一般の生徒たちから真美を守るように集まってきた部員たちの中から、声をかけてきた日出美に、真美は笑いかけた。 「『鉄人』の正体に、気づいちゃったみたいねー。そりゃ怒るか」 「私が余計なこと、言わなければ」 「いや、この件については私も同罪だと思う」 真美は丁寧に、その「かわら版」をはがした。何事?と覗き込んでいた生徒たちが小さくざわめく。 「とりあえず、新しいヤツ持ってきて、貼っておいて」 「はい」 日出美と、何人かの部員が小走りに部室に向かおうとするのに、「後でいいから」と真美は声をかけ、彼女たちを自分の教室へと方向転換させた。 人目をさけて階段を上りながら、真美は手元の「かわら版」を広げてみた。ご丁寧にも、『リリアンかわら版』のタイトルの上には、トンボみたいな顔をした古風なロボットがマジック・ハンドを振り上げている図が描いてある。 「捨てるのが勿体ないくらい、上手・・くもないわね」 そう呟きながらも、畳んでポケットにしまう手の動きが若干乱暴になってしまう。 (ま、たいした事態ではないわね) 真美は自分に言い聞かせた。書いた人間には失礼だけど子供の悪戯書きみたいなものだし、見た人もそれほど多くないはずだし。 そのときは真美も、楽観していたのだ。 『じゃあ、さしずめ真美は鉄人29号になったというわけね』 電話しているときの自分が、一番表情豊かなんじゃないか。近頃真美が気がついたことだ。声だけしか伝わらない安心感に密着するせいなのか、電話の内容に関係なく、無意識のうちにいろいろ顔の筋肉を動かしていることがあるのだ。あるいは、驚きや怒りを大げさに表情に出してみたり。気づかないうちに押さえつけている自分の顔つきというものがあるのかもしれない、そう思うものの、一度電話しながらなにげなく鏡を見てしまって以来、気をつけて無表情に徹するようにしている。 土曜だったから、半日で終わった授業のあと、数人の部員とちょっとだけ打ち合わせをして家に帰った真美が部屋で着替えていると、居間で電話が鳴った。 ベルが聞こえたとたんに真美が思い浮かべた顔に間違いはなかった。「お姉さまよ」と母の手渡した電話口に真美が出ると、築山三奈子は「ふうぅ」と長いため息をついた。 「なんですお姉さま、いきなり」 『だって、今の今まで塾なんだもん。家に帰って制服脱いだら直行よ、まったく嫌になっちゃうわ』 すわ愚痴が続くか、と真美が身構えたところで、うってかわってハツラツとした『ところで、小耳にはさんだんだけど』と三奈子の声が響く。 (・・・長年の付き合いで、というほどのことはないけれど)わかる。三奈子がこういう切り出し方をするときは、もうほとんど知っているということなのだ。 そう確信したから真美は、今朝の掲示板でのことは一切触れずに、昨日の放課後何があったかということだけを三奈子に説明したのだった。 『なるほど。少女小説同好会ね』 「ええ」 新聞部の部室に押しかけた上級生たち――少女小説同好会のメンバーたちの要求は実に簡潔だった。曰く、自分たちの部を取材して記事にして欲しい、というもの。特定の部をとりあげて記事にすることは、「かわら版」にて不定期に行っているけれども、それは競技会やコンテストで一定の結果を出した場合に限られている。少なくとも、取材するように強要されたネタで新聞部が動くことはない。 「でも、そもそも自分たちのような活動内容だと、競技会とか縁がないから、ということで。不公平じゃないか、というんですね」 は、と三奈子が息を吐く向こうで、ごわごわと布が擦れ合うような音がする。ソファに寝転んで子機を握った姉の姿を、真美は想像した。 『まあ、部の宣伝をして欲しい、っていうことでしょ』 「でも、それは認めないんですよね。あくまでネタの提供だ、って」 『あそこは今三年生数人しか居ないはずだから。存亡の危機だっていうのはわかるけどね』 「ええ。部員を集めたいんでしょうね」 ちなみに、もっと部員の多い「文芸部」は別にある。「少女小説同好会」は三年くらい前、真美が高等部に進学する前年あたりに文芸部から分離して出来たものだと、三奈子には聞いている。 『私のときにも同じような要求してくるクラブもあったけれど・・・。大体ネタの提供って言ったって、会誌か何かを発行した直後ならともかく、何もないんでしょう?』 「現在、鋭意製作中らしいですよ」 電話口で、三奈子はからからと笑った。 『でも鉄人、は怒るわよね。そりゃ落書きもされるわ』 やはり、今朝のことまで全部知っていたらしい。 『大丈夫?』 やや続いた沈黙の後で、三奈子の声はちょっと遠いところで聞こえた。なんとなく意表をつかれた間隔をおいて、真美はとりあえず「ええ」と答えた。 『次週かわら版はどう?部長・山口真美特集とかでいく?』 三奈子の声が笑っていたので、真美は付き合うことにした。 「私の写真でものせるんですか」 『そうよ。ロボットぽくない写真であなたの人間味をアピールするのよ』 「なんですそれ。ハダカの写真でも載せろっていうんですか」 『そうよねえ。私も昔考えたことあるわ、それ』 「なんで、また」 『あんまりにもネタがなくってね。電車に乗っていたら向かいに座った男の人が広げたのがスポーツ新聞なわけよ』 「ああ」 それなら真美もたまに、電車の中で気まずい思いをすることはある。 『もちろん水着とかヌードとか、ってわけじゃないけどさ。とびきり美人の、それこそ薔薇さまの写真だけ貼り付けておしまい、ってわけにはいかないかなあ、なんて思ったことも何度もあるわよ、記事の執筆が進まないときには特にね』 三奈子はまたひとしきり笑っている。真美もつられて笑いをこぼして、けれども姉の無責任な立場にちょっと腹立たしさを覚えた。 「とにかく、大したことはありませんから。ご心配には及びません。お姉さまはきっちり勉強の方に集中してください」 言い切った言葉尻が思っていたより強くて、真美は自分で驚いた。当然だが、三奈子に非があるわけではない。冗談のつもりの切り返しだったはずなのに。 『なによ。可愛くないわね』 案の定、面食らったふうの姉の声が真美の耳元でふくれっ面をする。 「次の号も大体記事は決まってますし、少女小説同好会の要求は呑みませんから」 『それはまあ当たり前だけれど』 三奈子が受話器を置く音が聞こえてから、真美はしばらく、子機の下に空いたスピーカーの小さな穴を見つめていた。 (お姉さまと話すのって・・・二日、いや三日ぶりかなあ) 実際、三奈子に責任はないのだ。その場にいなかったからということではなく、彼女は新聞部で責任を持つ立場ではなくなっているのだから。 二週間ほど前まで新聞部部長の肩書きは彼女のものだった。つい先日引継ぎをして、真美がそれを受け継いだのだ。だからといって三年生部員が卒業までに新聞に携わらなくなるわけではないが、少なくとも部長だった頃のように、部室に行けば当たり前のように三奈子がいるという状況は、この先訪れることはない。 そして今回落書きされた9月ニ週号は、真美一人が指揮して作ったはじめての「リリアンかわら版」だったのだ。 だから、ということもあるのだろう。 月曜の朝、昇降口から教室に向かいながら真美は思った。三奈子が部長だったときにも少女小説同好会のメンバーは同じ要求をしたのかもしれない。それで断られて、部長が代替わりしたことを機に、じゃあ新部長はどうだ、ということだったとも考えられる。あるいは真美の方が三奈子よりも攻略しやすく見えたのか。 (だとしたら、軽く見られたものね) 気持ちのどこかでニヒルに笑って、そうキメてみるものの、どこかうすら寒い後味の悪さがあった。あの三年生たちを恐れるわけではない。落書きを見たほかの生徒たちはどう思ったのか、またどこまで広まっているのか。真美にひっかかるのはそこだった。 「ごきげんよう、おはよう真美さん」 また、どうして私は、それが気になってしまうのか。 「ごきげんよう、祐巳さん、由乃さん」 果たして、鞄を自分の机に置いた真美に声をかけてきたクラスメートの声には、落書きされた「かわら版」のことを知っていますよ、という遠慮めいた空気がありありと出ていた。三奈子が知っていたことといい、「かわら版」のつくる話題やそこから生まれる噂以外にも、自然と生徒たちの間を流れる情報の繋がりがあるものだ、と真美は改めて実感する。 (・・・って、そんなこと、当たり前か) 教室には、まだまばらにしか生徒は居ない。真美とすれ違うように反対を向いて横に並んだ祐巳が、首を傾けてそっと覗き込んでくる。 「大丈夫だった?その・・・」 「大丈夫って、なにが?」 「うーん」 三奈子と同じ言葉を口にした祐巳は、真美の即答に曖昧に笑った。その笑いを真美は見慣れたものだと感じる。山百合会の一員、紅薔薇のつぼみとして「かわら版」の取材対象として追い回されることの多い彼女が、新聞部部長を気遣うことを、理由もなく理解できる気がした。 (彼女らしい、祐巳さんってそういう人なのよね) 内心でつぶやくと、かすかな照れくささきまり悪さのようなものが霧散していく気がする。同じく黄薔薇のつぼみである由乃が、前の座席をひいて腰をかけ、ややとんがった目つきをする。 「誰が書いたのかは見当がついてるの?」 こちらは直球だ。おかげで、彼女たちが掲示板での事件をほとんど承知していることが分かる。 「見当というか・・・。当たってるし遠からず、ってところね」 「つまりは100%確信があるってことよね。だったらちゃんと抗議したら?真美さんのことだから、もうしてるのかもしれないけど」 「うーんと。まあ、相手ばかり責められないのよ。ちょっと失礼なことを言って、怒らせたものだからね」 土曜の三奈子との電話のあと、パソコンで検索してみた「鉄人28号」の姿を真美は思い出した。確かに「雰囲気」だけだった。別に顔がどうということはない、確かにあれに例えられて怒らない女子高生の方が珍しいだろう。 「はあ」 椅子に座ると、ため息に似た声が出た。俯いた視界の中に、横に立った祐巳の指先が、そっと机の上に降りてくる。 「まあ、今号はもういいの。これからのことで、ちょっとね」 「ふむ」 大きく頷いた祐巳は、それでも要領を得ない目で真美に助けを求めている。 「お姉さまに言われたわ。次号の『かわら版』にはロボットっぽくない私の写真でも載せてみたら?ってね」 「ロボットぽくない?なんで?」 祐巳と由乃が声をそろえた。どうやら、落書きされていた内容までは知らなかったらしい。ロボットの絵のことも含め、真美は手短に説明した。 「なるほどね。石頭、って書いてあったっていうのは聞いてたけど」 「ロボットぽくない真美さん・・・」 頷く由乃の横で人差し指の先をくわえた祐巳はあらぬ方向を見ている。由乃が笑い出した。 「見てよ真美さん。たぶん間違いなく確実に祐巳さん、『ロボットぽい真美さん』を考えているわよ」 「あはは、そうかも。このヘアピン」真美は自分の前髪をつまみあげた。「これがスイッチになっているとか、自爆ボタンだったりとか、考えてない?」 「ひどい、二人とも。そんなこと考えてないよ」 両手を握りしめて抗議した祐巳が、堪えかねて吹きだした。「ごめん、ちょっと当たってた」 「でもロボットっぽいって、どういうことなのかしらね」 真美が言うと、祐巳と由乃は顔を見合わせた。真美は自分の指先を見ていた。ややあって祐巳がもごもごと口を開いた。 「この場合、誰かの言いなりだとか、命令どおりに動く人だ、なんて意味じゃないと思う」 「ええ」彼女は誠実だ、と爽快な気分になる。「たぶん銀色でてかてかしてて、血の代わりに電気が流れていて、膝と肘をまっすぐ伸ばして歩くようなものを想像していたんでしょ、描いた人間は。冷たい人間、みたいな意味で使うにも、ありふれた言い方よね」 「冷たいなんて」 「ううん、別に気にしてないし」 「でも!でも、あれって、真美さん編集長第一号だったんだよね?今回の『かわら版』」 笑ってヤレヤレと手を振って、話を終わらせようとしたのだった。それなのに、思いがけない勢いで祐巳が身を乗り出してきたものだから、真美は驚いたのである。 「よく知ってるわね、祐巳さん」 食べ物を飲み込もうとするみたいに、祐巳が「ん」と頷く。 「のっけからケチをつけられたものね」 目を閉じた由乃が腕を組んでのびをした。 「でももう一度やられたらさ、先生方にも伝わって面倒なことになるかもしれないじゃない」 腕を突っ張った姿勢のまま、由乃が真美を見た。彼女の言うように、もしトラブルが続けば、かわら版の発行そのものが学校側が口を出してくることはなくても、掲示板に張り出すのを禁止されるくらいのことはあるのかもしれない。 「二度はないと思うけどね。向こうも私にバレてるのは、分かっているだろうし」 もう一度、祐巳が頷いて、教室の後ろのドアから立て続けにクラスメートが入ってくる。由乃がぴょん、と席から立ち上がった。 「ありがと、お二人さん」 席に戻っていく背中に声をかけると、後ろに回した手を二人、申し合わせたかのように真美にむけて振ってみせたのだった。 真美は黒板を向いて、考えた。気をつけておくべきことと、気にしなくていいこと、二つの区別をちゃんとつけておかなくては、いけない。 二時間目の休み時間にやってきたのは、金曜の放課後に部室に来た三年生の中に見た顔で、つまり少女小説同好会の一員だった。トイレから出てきたところで声をかけられて階段の脇に連れていかれ、「真美さん、ごめんなさいね」と深く頭を下げてくるのを、真美は悔しいような、拍子抜けしたような、微妙な気持ちで見つめていた。 「あのあと彼女に教えてあげたらひどく怒っちゃってね。何かしでかさなけりゃいいとは思っていたんだけど・・・」 「いえ。こちらも、大ごとにする気はありませんし」 二度とさせないから、と彼女は頭を下げて去った。真美が驚いたのは背の高い『鉄人』さんは同好会の代表でなかったということ。単に勢いのいい元気印だったらしい。 昼休み、弁当をつつく横で、部員の一人が持ってきた次の「かわら版」の記事候補のメモに目を通しながら、真美はまだ集中できないでいた。紙パックのウーロン茶で飲み下せないものが、確かにどこかにある。 「ま、いいか」 わざと出してみた声は、あちこちで固まって食事するクラスメートの笑い声にかぶさって、誰も気がついた様子はない。 真美はスカートのポケットからメモ帳を取り出した。新聞部に入ってすでに何代目かを数えるそれの最初の方のページをぱらぱらめくる。 自分のものでない字が出てくる。 (お姉さまの字だ) それは文字どころかほとんど数式で、前後のメモを見るに今年の春、年度が変わるか変わった頃のもの。部室でうんうん唸りながら宿題のプリントをやっていた三奈子が、「ちょっと貸して」と真美のメモ帳を手にとったことがあったと、思い出した。 (あのときはまだ、お姉さまが部長で) 真美が部員で、それだけだ。それだけなのに、しばらくその数式に真美は見入ってしまう。 もうひとつ思い出す。新聞部に入ったばかりで、まだ三奈子の妹ではなく、三奈子もまだ部長ではなかった頃、一緒に取材をしたときだろうか、彼女が語ってくれたこと。・・・記事にして、新聞に載せて、っていう人もけっこういるけど、気をつけなさい。偏ったり、宣伝だけになっちゃったりしたら、いけないわ。 『まあ面白ければなんでもありだと私は思うけどね。でも、たいてい自分から売り込んでくるネタ、って大して面白くないのよねえ』 そんなことを、時の部長の前で言い放って、大目玉をくらっていた、その姿を見ていた記憶がある。 (そっか。これも、お姉さまに教えてもらったことだったんだ) 真美一人でももちろん間違えなかっただろう。そう確信しつつも、水底の海草のようにゆらめく気分が、真美の内側をかわるがわる叩くようで、落ち着かない。 後編へ |
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