ツ タ カ ナ




「ごめん」
 精一杯、私は謝っている。
「いえ」
 それなのに、彼女は素っ気無い。
「本当に、申し訳ない」
 テレビのニュースでよく流れる、どこかの会社の社長か政治家のオジサンの謝罪会見みたいに、立ち上がってテーブルに手をつく。私は、あまり謝り慣れていない。頭を下げたまま、彼女が何の反応もよこさなかったら次はどうしたものか、悩んでいる。
「やめてください」
 大きな影が、テーブルの上の私のそれに重なった。見上げた彼女は冷ややかに取り澄ましていて、それでいて人を威圧しない、ちょっと不思議な目をしている。鞄の中にしまってあるカメラが欲しい、そう思った。シャッターチャンスだ。
 カーテンを半分引いた窓からは、うす曇りの寒々しい空がのぞいている。部屋の中に差し込んだ光もメレンゲの泡のように、輪郭もおぼろで弱弱しい。
 背の高い彼女は、細川可南子。一学年下の彼女と、部室でこんな風に顔をあわせることがあるなんて、思っていなかった。



    -1-



 12月の最初の土曜日だった。部室を経由してから教室へ来た私が扉をあけたとたん、「あ」と席から立ち上がった祐巳さんがすごい勢いで机の間を斜めに突っ切ってきたのだ。
「な、なによ、祐巳さん」
「大変だよ、蔦子さん」
 思わず立ち止まった私の耳元で、やってきた勢いとは裏腹に祐巳さんは小声で言った。何のこと、と私が聞き返すのを待たず、祐巳さんは続ける。
「蔦子さん。あの写真、全部処分してくれたんだよね?ネガも含めて」
「え?何の写真?」
「ホラ、私に見せてくれたじゃない、可南子ちゃんのさ」
 祐巳さんが言いかけたとき、後ろの扉から由乃さんと真美さんが入ってきたから、それ以上話ができなかった。
「可南子さんが、祐巳さまの後ろに写っている写真です」
 半日で終わった授業のあと、掃除をすませて祐巳さんについていったミルクホールで、先に来て待っていたらしい乃梨子ちゃんは、挨拶もそこそこに切り出した。
 後ろ、って言うよりは尾行してるって感じの。珍しく歯切れの悪い口調でそう続けた乃梨子ちゃんの言葉に、私はあっ、と気づいて隣の祐巳さんと顔を見合わせる。
 ふた月ほど前、私は細川可南子の写真を撮った。いや、正確には撮ったのは彼女ではない。祐巳さんを撮った写真数枚の中に、背後霊のように写る彼女の姿を見つけたのだ。それも、偶然とは思えない頻度で。
 しかし、それらすべてを私は処分した。元より公表するつもりもなかったし、祐巳さんもそれを望んだからだ。部員にも誰にも見せることなく、祐巳さんに見せたその日のうちにまとめて捨てていた。
 それが何故今になって出てくるのか。
「燃やしたり、シュレッダーにかけたりしたんですか?」
 私の説明を聞いた乃梨子ちゃんは、しばらく考えてから聞いた。
「そこまではしてないけど」
「ごみ箱まであさる人なんていないでしょ」
 横から祐巳さんが助け舟を出してくれる。そこで気がついた。
「乃梨子ちゃんは、事情を知っているのね?祐巳さんに聞いたのね」
 細川可南子が、一時祐巳さんの追っかけのようなことをしていたのは山百合会のメンバー以外にも知るものは多いだろう。けれど、写真の存在については私は祐巳さんにしか話していない。彼女は誰かに相談したのかもしれないが。
 紙パックの紅茶にさしたストローから口を離し、乃梨子ちゃんはゆっくり頷いた。
「ええ。私が発見したもので。ものがものだったのですぐ祐巳さまに相談したんです」
「どこで見つけたの?」
「あの、今週写真部のパンフが配られたじゃないですか、教室に」
「『写真部アルバム』ね。いつ?」
 私が指ではさんでプラプラさせるストロー袋の先っぽを、落ち着いた眼差しで乃梨子ちゃんは眺めている。
「今朝です。私、今日は日直だったから早めに来たんですけど。・・・教室の後ろに貼ってあった『写真部アルバム』 の一番下に、他のクラスメートと一緒に可南子さんが写っている写真、ありましたよね」
「ああ・・・そうね」
 ゆっくりと思い出してくる。『写真部アルバム』は学期ごとに一度出す壁新聞みたいなもので、新聞部の「かわら版」とは違い写真中心になる。二学期の場合体育祭に修学旅行、学園祭というイベント事の終わったこの時期になるのが恒例だ。
 例年の通りなら全学年、全クラスとも同じ内容で印刷するのだが、今年は奮発して、クラスごとに違う誌面に仕立てたのだ。
 何枚かの写真についてはいちいちその人のところに出向いて許可を得なければならなかったし、それは私が済ませたものの、全クラスごとに間違えずに写真を貼り、配布するという作業はなかなか骨が折れた。入部したばかりの笙子ちゃんが頑張ってくれ、半引退状態だった三年生部員にも手伝ってもらってやり終えたのが一昨日、木曜日の放課後。
 一応完成したあとで目を通したものの、すべての誌面を覚えているわけではないが、言われてみると確かに一年椿組の分で使った写真に、細川可南子の姿があった気がする。
「その写真の上に、重ねて貼り付けてあったんです、セロテープで。祐巳さまの後ろに可南子さんが写ってる写真が」
「それで、その写真、どうしたの」
「すぐ剥がして、その後しばらくして可南子さんが来たから渡しました」
「可南子ちゃん、何か言ってた?」
 席をはずして飲み物を買いに行っていた祐巳さんが戻ってきて聞いた。
「いえ。黙って受け取っただけで」
「ふーむ」
 祐巳さんが唸って腕を組む。
「誰か、乃梨子ちゃんの他に見た人がいると思う?」
 私の問いに、今度は乃梨子ちゃんが「うーん」と唸った。
「いつからそうなってたのかわからないんですよね。金曜日に騒ぎにならなかったから、その放課後か、今日の朝なのか。・・・でも」
「そうね。少なくとも、それを貼った誰かは見ているのよね、その写真」
 ちょうどホールに入ってきた生徒の一団から声をひそめて祐巳さんが言った。彼女にしては鋭い着眼点だ。
「祐巳さんは、その写真を見てないのね?」
「うん。可南子ちゃんに渡したあとだったみたいだから。でも、乃梨子ちゃんから聞いただけでピンときちゃって」
「うーん」
 最後は私が唸る羽目になる。
 乃梨子ちゃんが壁の時計をちらっと見る。おそらく、祐巳さんともども薔薇の館での用事をこの後かかえているのではないだろうか。
「とりあえず」あとは任せて。そう言いかけて、すばやく私は考えた。
「・・・可南子ちゃん、まだ学校に残っているかな」
「そうですね。たぶん残っているんじゃないかと。彼女、バスケを始めたはずですから、体育館に。私、呼んできましょうか」
 せっかちに腰を浮かせた乃梨子ちゃんを手で制して、私は祐巳さんと目をあわせる。細川可南子、意外と人望があるのかもしれない。それとも、乃梨子ちゃんが世話焼きなのか。
「ううん。それには及ばない」
「でもどうせ、体育館には行くんです、後で。薔薇の館に置きっぱなしのパイプ椅子があって、返しにいかなくっちゃいけなくって」
「――じゃあ、練習が終わったらでいいから写真部の部室に来てほしいって伝えてくれないかな。どうせ私は夕方まで残っているから、って」
「わかりました」
 祐巳さんと乃梨子ちゃんの背がミルクホールの出口に消えるのを見届けてから、私はゆっくり立ち上がった。



 ありえない。
 でも、私以外にも、ありえない。
 部室で待っていた笙子ちゃんを先に帰し、細川可南子を待つ間、私の中で二つの相反する断定がぐるぐる循環していた。
 何度記憶を点検しても、実際に部室の中を引っ掻き回しても、「ストーカー」写真は残っているはずがない、という結論に達する。全部捨てたはずだ。
 けれども、話を聞いたかぎりではそれは間違いなく私の撮った写真なのだ。祐巳さんには確かに、本人の気づかぬ人気はあるけれども、写真に撮ってまで・・・という生徒がそうそういるとは思えない。
 私の写真だ、と信じさせる理由はもう一つある。誰にでも撮れる写真ではなかったのだ。とりあえず祐巳さんが写ればいい、みたいな適当な撮り方で、背後の細川可南子まで収めることはできない、そんなアングルだったはずなのだ。こんな事態となってはおかしな自負としか言いようもないのだけれど。
『写真なんて私は嫌いなのよ。なんだか嫌らしいじゃない。残したくないものも残っちゃうし』
 不意によみがえった母の声に、私は手持ち無沙汰にアルバムのラベルに日付を書き込んでいたサインペンを放り出してしまう。昨日、久しぶりに言い争いをしてしまった。私の部屋に入ってくるやいなや、母はそんな言いがかりをつけた。
「まったくね」
 思わずひとりごちて、それで唇を噛み締めていたことに気づく。
 先週、私は細川可南子の写真を撮った。心なしか軽やかな足音を立ててやってきた祐巳さんに手を引かれ、彼女は私の部室に現れたのだ。
『ツーショット写真、撮ってほしいんだ。約束なの』
 私にそう言った祐巳さんの顔は、それだけで被写体にしたくなるくらい、晴れやかで気持ちよさそうだった。
 撮影場所に選んだ中庭は、上がったばかりの雨を含んだ強い風が吹いて、並んだ二人のスカートやタイは乱れ、なかなか構図が定まらなかった。そろって髪をかきあげて笑った写真は、シャッターを押す寸前にさした明るい日差しのおかげで、少々露出が変な事になっていたけれど、雰囲気のいい、まずまずの一枚だった。終始照れたように私の視線を避けていた細川可南子からは、「ストーカー」写真のときに漂わせていた毒のようなものは、いっさい感じられなかった。
 たぶん、今の彼女にとって、あの写真は思い出したくもない過去なのではないだろうか。いったいどう思ったことだろう、今更そんな自分の姿を、誰かのおそらくは悪意によってさらされるなんて。
 可南子ちゃん。
 静まり返ったクラブハウスの廊下に聞き覚えのない足音がしたのは、思っていたより早く、三時にならないくらいの時間だった。私は、立ち上がって出迎えた。
 可南子ちゃんが扉を閉めきらないうちに、私は頭を下げていた。謝るにしても、私の側の「つもり」を一通り説明してからと思っていたのに、体が勝手に動いた。
 結果として可南子ちゃんの写真を撮っていたこと。捨てたはずのそれが流出したらしいこと。怒られても仕方がないと思っていた。
「・・・でも、蔦子さまには、心当たりが無いのでしょう?」
 だから、しばらく黙って聞いていた可南子ちゃんから穏やかに口を開いたとき、私は少々驚いたのだった。
「ええ。だから、ちょっと混乱してるの。写真もネガも、全部捨てたはず」
「だったら」可南子ちゃんは窓際に寄って、わずかにカーテンを引いた。「私に頭を下げることなんてないと思います。胸を張っていればいいんです」
 言葉のとおり胸を張った後ろ姿は、高い背もあってとても凛々しく見えた。
「可南子ちゃん、写真はどうしたの?」
「捨てました。蔦子さまのお話の通りならたぶん、フィルムも無いでしょうし、これきりになるでしょう」
「そう・・・なら、いいんだけど」
 そうなんだけど。私は、必死に考えていた。写真を撮るしか能の無い自分に、出来ることはないのだろうか。まったくの濡れ衣でないにしても、彼女の、傷ついたかもしれない名誉の回復のために。
「もうお話は済みましたよね。私、これで失礼します」
 可南子ちゃんはつかつかと私の前の机に歩み寄って、そこに置いた自分の鞄をとりあげた。通学用の革鞄のほかにもう一つ、小ぶりなスポーツバッグのファスナーは三分の一くらい開きっぱなしで、体操服らしい白い布が見えている。
「ちょっと待って、可南子ちゃん。私に、出来ることはない?」
 結局思いつかずにそのままを口にした私から、目を伏せながら背を向けた可南子ちゃんの口元は、かすかに微笑んでいるように見えた。
「何もありません。私、気にしてませんから」
 そうくるだろう、と思っていたとおりに返されて、私の中の何かが、悪戯っぽく切り替わった。
「・・・だったらさ」



「もう、いいかげんついてこないでくださいよ」 
「えー。だって可南子ちゃんOKしたじゃない」
「だからって。何も今日でなくってもいいじゃないですか?」
「善は急げって言うでしょ。お、いい顔してるよ」
 カシャ。
 シャッターを切った直後のファインダーの中で、一瞬するどい目つきをした可南子ちゃんはすぐにはぁ、と息を吐いて、あきれたように空を仰いだ。
 4時にもならないのに、初冬の空はもう暮れはじめている。昼の間だらりと垂れ下がっていた低い雲は空のてっぺんから薄くなりはじめ、遠い西日から届く臙脂色が、その縁にかかっている。
 可南子ちゃんの背後、バス乗り場をはさんだところのH駅のテナントビルから、電車が着いたのか、一団になった人たちがこぼれ、道の左右に分かれていく。M駅の切符売り場で可南子ちゃんは行き先を頑として教えてくれなかったから、私は当てずっぽうで電車に乗るしかなかった。
 無言で歩き出した可南子ちゃんを、フィルムを巻きながら私は追いかける。
「可南子ちゃん、ちょっと背中曲がってるよ。真っ直ぐ真っ直ぐ」
 カシャ。
 信号前で足を止めた可南子ちゃんは、長い前髪に頬を埋めるように私を見おろした。
「・・・やっぱり。素直にお詫びしてくれた方がよかったです」
「じゃあやっぱり『お詫びに写真を』ってことにする?」
「・・・いえ。どうぞもう好きなだけ撮ってください」
 可南子ちゃんはまた仰向けた口から息を吐いた。通りの向こうに横たわる血色の悪いビル群を背景に、それはかすかに白く染まってふくらんだ。
『お詫びに、もう一度写真撮らせて』
 部室を出ようとする可南子ちゃんに私はそう頼み込んだのだった。
『お詫びにって。それは、蔦子さまの都合なんじゃないですか』
『うん、その通り』
『勝手なひとですね』
 可南子ちゃんは真面目な顔で見返してきたものの、私にはなんとなく、彼女が怒っているわけではないと思えた。
『写真に撮られるのってあんまり好きじゃないんです』
『うん。私もそう。だから、撮る側にまわってるの』
『そうなんですか?』
 首をかしげた可南子ちゃんは、子供のように目をパチクリさせた。
『ホント言えば理由なんてないの。今話してて、あなたの写真を撮ってみたいって思ったの。私、そういうの多いのよね』
 鞄から出した私のカメラをしばらく見つめていた可南子ちゃんが、くるりと身を返して扉を開けた。
『わかりました。でも、お詫びとかはやめてください。ただ撮るだけなら構いませんから』
 信号が青に変わる。
「あんまり、人前でバシャバシャ撮るのはやめてください」
 すれ違う人を避けて腕を上げた先のカメラに勘違いしたらしく、振り返らないまま可南子ちゃんが言う。
「私なんて撮って、面白いですか?」
「面白く撮るのも、腕のうちよ」
「自信がおありなんですね」
 歩道のタイルに敷き詰められた黄色いポプラの葉はカラカラに乾いていて、可南子ちゃんの靴が踏みしめるたびさくさくと砕けていく。そういえば、しばらく雨が降っていない。
「今日はバスケの練習もあったし。髪もまとまってないから・・・」
 曲げた小指と薬指で、可南子ちゃんは前髪のあたりを気にしてみせた。すかさず、私はシャッターを切る。
「蔦子さま」
「いいからいいから。たぶん今のなんて、男の人受けする一枚になると思うよ」
「・・・別に、男の人なんかに受けたいとは思いません」
 可南子ちゃんは男嫌い。なるほど、祐巳さんには聞いていたものの、実際に目の当たりにするのは初めてだった。今回『写真部アルバム』に貼られた写真での「ストーカー」ぶりも、元はといえば追っかけ時代の可南子ちゃんが、祐巳さんの周囲に現れる男性に過剰反応したものだ、と聞いている。
 スーパー前の混雑から頭ひとつ高く、長い黒髪の端を刃物のようにゆらめかせて、可南子ちゃんは進んでいく。彼女の男嫌いはお父さんに原因があるということだった。
 新聞部の一年生と話していて、浮気をして家を出た可南子ちゃんのお父さんと、相手の女の人、その間に出来た子供まで、学園祭を見に来ていたらしいことは聞いた。 
『可南子ちゃん、お父さんと仲直りしたんだよ』
 学園祭の後で、たぶん事情を知るだろう祐巳さんの口から出たのはその一言だけだった。私は、それ以上のことを聞こうと思わなかった。他所の家庭や家族にまつわることなんて、そうそう簡単にはわからないし、知ろうとするなら覚悟も必要だろう。可南子ちゃんの「男嫌い」が氷山の先っぽなら、意を決して冷たい水に飛び込んでみなければ、水面の下に広がる氷塊は決して見えてこないということだ。
 私は、写真を撮るだけでいい。それを見た人がどう感じるか、それは見た人の問題だ。
 そう思ってやってきた。けれど、今回の事態の責任が、そんな私のやり方にないと果たして言い切れるだろうか。
「あ」
 歩道がひらけてやや下りになった坂の入り口、人がまばらになったところで、可南子ちゃんが声をあげていきなり駆け出した。
「待って」
 これ以上撮られるのを嫌がって逃げ出したのかと思い、追おうとして足を踏み出した私は、道がゆるい階段状になっていることに気づかずに体勢を崩しかけた。
「待って、可南子ちゃん」  
 白い柵がつづく歩道を可南子ちゃんは駆けていく。私より荷物が多いのに、速い速い。赤く塗られた鉄骨で組まれたゲートをくぐっていくのを、差を広げられて、私もつづく。
 そこは、通りに面して作られた住宅展示場だった。和風・洋風・北欧風・・・詳しくはわからないが統一感のない様式の建物が四方を囲む手前、展示場の名の書かれたゲートをくぐってすぐ右手に、小さな公園のようなスペースが用意されている。おそらくは親に連れてこられた子供たちの退屈を紛らわせるためにあるのだろう、見るからに安っぽいプラスチック製の滑り台やブランコが置かれた間を、私と同じ制服姿の長身の少女は、ずんずん進んでいく。
「え」
 思わず声が出て、ゲートの真下で私は立ち止まってしまった。
 隅の方で遊んでいた女の子二人が不思議そうな視線を送るのもかまわず、積み木を積んだ枠の中に入っていった可南子ちゃんは、そこに置いてあるものを両手で抱え込んだ。いや、抱きついたのだ、空気を詰めたビニール製の、可南子ちゃんの背よりも少し大きい、ピンク色の象のぬいぐるみに。
 目を疑うばかりでは足らず、私はカメラのファインダーまで覗いて確かめてしまった。寄ってきた女の子に注文されたのか、可南子ちゃんはサービスとばかりに、ピンクの象を高々とさしあげてみせた。
 子供たちが喜んで、けたたましい笑いがこぼれる。
 ほどなくして、ゲートのところで立ったままの私のところへ戻ってきた可南子ちゃんは、横を通り過ぎてから立ち止まり、目を泳がせている。
「写真、撮りました?」
「え?うん・・・あ、忘れてた」
 ちょうど正面からさしてきた夕陽に顔をしかめた可南子ちゃんの影に入って、私も歩き出す。
「びっくりした。可南子ちゃん、ああいうことをする子だと思ってなかったから」
「おかしいですか。でも、可愛いって思ったから。あの象も、子供も」
「おかしくはない。けど、私のイメージになかったから。可南子ちゃんって大人っぽいし、それに――」
「蔦子さまにとっては、私のイメージはあの写真のままなんですね」
 私の言い終わるより先に可南子ちゃんは割って入った。具体的に言わなかったけれど、もちろん私には「ストーカー」写真のことを言ってるんだとわかった。それは違う、と否定しようとすると、可南子ちゃんの、夕陽を向いたままの横顔が小さく頷いた。
「じゃあ、条件をつけます、蔦子さま。もう一度、私の写真を撮ってください。あの写真と同じ顔をした、私を」
 そう言ったときの可南子ちゃんの顔には強い陰影がついていて、笑っているのかどうか、私にはわからなかった。




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